東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7177号 判決 1972年8月28日
原告 新都観光株式会社
右代表者代表取締役 鈴木たけ
右訴訟代理人弁護士 越智比古市
被告 東京都
右代表者知事 美濃部亮吉
右訴訟代理人弁護士 三谷清
右指定代理人東京都事務吏員 坂井利夫
<ほか一名>
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
(一) 被告は原告に対し、金一四八、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年七月一七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行宣言を求める。
二 被告
主文同旨の判決を求める。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一)1 別紙物件目録一記載の本件土地は、被告が東京都知事の免許を受けて公有水面埋立事業として造成した中央区槇町北側五メートルから中央区槇町三丁目京橋川合流点に至る一、九〇二坪九五の外濠の埋立地の一部であって、道路敷として予定されていたため、本件土地の所有権は国に帰属し、道路(現在は都道)として供用されることになり、旧道路法当時は国の機関としての都知事が、現行道路法(昭和二七年六月一〇日施行)施行後は被告の管理するところとなったものである。
2 原告は映画興業および倉庫業を目的とする会社であるが、原告の元代表取締役で、現在は取締役である訴外青木角蔵は、個人名義で、昭和二五年三月一四日本件土地のうちの九〇九平方メートルにつき、その管理機関である訴外東京都知事から左記の内容の旧道路法に基づく占用許可を受けた。
(1) 使用目的 建築物(映画館又はガレージ)建設
(2) 占用期間 許可の日から一〇年間
(3) 占用料 年度当初被告所定の道路占用料を別途発行する納額告知書により納入し昭和二四年占用料として金七、八一七円五〇銭を納入する。
(4) 条件 前各号の外、右訴外青木角蔵出願書添付の道路占用許可条件並びに昭和二三年四月都令第二二号道路占用規程に従うこと。
3 右青木は、右占用許可に際し、寄附金名義で、金二、七五〇、〇〇〇円を被告に支払った。尤も、右寄附金は本件占用許可の代償ではない。
(二) 訴外青木は、右占用許可後本件土地の整地作業に着手し、昭和二六年暮頃右作業を完了した。そして、昭和二九年六月二三日に、本件土地の使用につき、被告から映画館建築の確認を得たが、前記占用許可から右確認まで約四年三ヶ月を要したのと、整地作業費、人件費等に費用を要したため、青木個人では映画館建設が不可能となり、そこで、原告が被告の諒解のうえ映画館建設工事に着手し、昭和三三年一〇月別紙物件目録記載二の本件建物の建設工事が完成し、館名を「カジバシ座」と命名のうえ営業を開始した。
(三) 一方、本件土地の占用については、昭和二五年三月一四日許可になって以来、その内容は次のように定められた。
1 昭和三一年一月二三日
占用期間 昭和三〇年一二月五日より同三三年一二月四日迄
2 同三二年七月一五日
占用料 昭和三一、三二年度各三二七、二四〇円
3 同三五年八月二五日
占用期間 昭和三六年三月一三日迄
4 同三八年三月一四日
占用料金 四九〇、八六〇円
占用期間 昭和三九年三月三一日迄
5 同四〇年二月一五日
占用面積 九九四平方メートルに拡大。
6 同四二年四月一日
占用面積 一、三三四平方メートルすなわち本件土地全部に拡大。
占用期間 昭和四二年四月一日より同四三年三月三一日迄
占用料金 五三六、七六〇円
7 同四四年三月三一日
占用期間 昭和四三年四月一日より同四四年六月三〇日迄
8 同四四年一〇月一四日
占用期間 昭和四四年七月一日より同年一一月三〇日迄
占用料 金二二三、六五〇円
なお、本件土地の占用許可の被許可者は、昭和四〇年以降訴外青木から原告に変更された。
(四)1 本件占用許可については、その占用期間は、昭和二五年三月一四日当初の許可において向う一〇ヶ年と定められて以来、前記(三)のように定められて来たのであって、その経過によれば、占用期間が確定されていなかったのであり、寧ろ本件の場合当初から期間の更新が予定されていたことは被告知事において原告の堅固な建物の建築申請を許可していることからも明らかである。期間更新の許可が新らたな占用許可の方法によってなされていても、それは新らたな権利の設定ではなく、既存の権利の承認に外ならない。
2 被告は、昭和四五年一月二七日原告に対し、本件土地の占用使用が首都高速道路第四号線築造工事の支障となるため、速かに本件建物等の施設を撤去すべしとして、右占用許可を取消した。
3 そこで、原告は施設の撤去に伴う損失補償につき訴外首都道路公団と交渉して、昭和四五年二月一四日原告と右公団との間に左記の合意が成立した。
(1) 原告は、訴外公団に対し、別紙目録二の(一)記載の建物を昭和四五年三月一〇日までに収去する
(2) 訴外公団は、別紙目録二の(二)記載の建物並びに残存する一切の附帯設備等を原告の前記収去後解体撤去し処分する
(3) 訴外公団は原告に対し、前記(1)(2)の措置に要する費用並びにこれに伴い通常生ずる損失の補償として金一一〇、九五五、七七二円を支払う
(4) 訴外公団は、本件建築物における原告との共同経営者訴外榎本四男夫に対し、昭和四五年三月一〇日までに本件土地から退去することを条件として、金一一、五〇六、三七〇円を支払う。
(五)1 原告は前項(四)の2記載の本件土地使用許可取消決定により、本件土地使用権が収用され、その使用が不可能となった結果、次のような本件土地使用権の価格相当額の損失を被った。
すなわち、昭和四四年一二月一八日現在の本件土地の更地価格は、一平方メートル当り金九一〇、〇〇〇円であるところ、本件土地の効用比率は近隣における地下街の発展動向、収益性等を勘案して〇・二一とし借地権割合は本件建築物の堅固な構造及び地価水準から〇・八であり、本件土地利用権の未熟成の内容を〇・七三と判断し、結局本件土地使用権の価格は一平方メートル当り金一一一、六〇〇円、総額金一四八、八〇〇、〇〇〇円となる。
(六) 本件道路の占用許可に基づく使用権は財産権であり、被告は首都高速道路第四号線築造工事のため公権力により当該許可を取消したのである。従って斯かる場合前記の使用権喪失に対し、正当な補償をなすのが当然である。道路法七二条一項の損失補償に関する規定は、同法七一条二項一号の「道路に関する工事のため已むを得ない必要が生じた場合」について規定していないが、本件の場合のような特定の者に特別な犠牲を強いる場合には、右道路法七二条一項の趣旨に従い、被告は、占用使用権の喪失自体につき、憲法二九条三項により正当な補償をなすべきである。
(七) よって、原告は被告に対し、本件土地占用使用許可取消による損失補償金一四八、八〇〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四五年七月一七日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)、(三)および(四)の3の事実は認める(但し、占用料は九〇九平方メートルについてのみ徴収していた)。
(二) 同(二)の事実中、昭和二九年六月二三日青木角蔵が映画館建築確認を得たことは認めるが、その余の事実は知らない。
(三) 同(四)の1の主張は争い、同2の事実は否認する。
(四) 同(五)の事実は知らない。
(五) 同(六)の主張は否認する。
三 被告の主張
(一) 本件土地の占用使用権は、昭和四四年一一月三〇日期間満了により消滅したものである。
すなわち、本件使用権は、道路法に基づき道路の敷地の使用を目的とする道路の管理機関である訴外東京都知事の占用許可により発生したいわゆる行政財産の特許使用権である。従って、その使用関係は公法上の使用関係であるから、道路の管理機関たる行政庁は使用権者に対して優越的地位に立ち、使用権者は、公益優先のための種々の制約を受けるものである。
右の如き法律上の性質を有する道路の占用使用権につき、その使用期間が道路法施行令九条により最長三年、期間更新の場合にも三年以内と短期の期間が定められたのは、道路の管理その他公益上の必要(道路法七一条二項各号参照)が生じた場合、短かい期間の満了をまって速やかに、かつ円満に事態に即応するためである。そうすると、本件土地についてもその使用目的は建築物等の建設であるから、道路の管理機関としては、公益上支障のない限り占用使用期間を更新するか、公益上の必要が生じた場合には、期間満了をまってその後の更新を認めないことが当然できる筈である。そして、その反面、道路占用の被許可者は当初から斯かる制約のあることを諒承のうえ、占用許可を受けているのであるから、右のようにして期間が更新されずに使用関係が終了した場合には、右占用使用権喪失に対する損失補償をなすべき筋合でないこと言うまでもない。
本件の場合、昭和四二年七月首都高速道路四号線の建設事業が決定され、原告所有の本件建築物等が右事業遂行上障害となるため、結局最終の占用許可期間は、昭和四四年七月一日から同年一一月三〇日迄と定められ、同時に、右四号線建設工事の支障とならぬように現存する本件建築物等を除去することという条件が付されていた。右の如く、本件土地の使用関係は、昭和四四年一一月三〇日期間満了により終了したのである。
(二) 仮りに、本件使用権について期間の定めがなく、当初から期間の更新が予定されていたとしても、本件の場合、期間満了により終了したと同様に解すべきである。
すなわち、行政財産は公共の用に供されるものであるため、貸付け、交換、私権の設定等が禁止されるが、例外として、その用途又は目的に反しない限度において使用・収益を許可しうるとされている。従って、使用許可後の事情変更により、行政財産本来の用途に供するという公益上の必要が生じた場合には、使用許可による使用関係を消滅させて本来の行政財産の姿に戻すことが要請されるのであって、一般に行政財産の使用許可には、右のように公益上の必要が生じたときは何時でも使用関係を終了させられるという制約ないし負担が内在している。換言すれば、行政財産の使用権は、公益上の必要が生ずるときまでという不確定期限付ないし解除条件付の権利である。
本件使用権についてこれをみると、道路法七一条二項各号に定める公益上の必要が生ずるときまでということは、占用許可書の記載内容上明瞭であり、特に、昭和四二年四月一日、同四四年三月三一日、同四四年一〇月一四日付各占用許可書には、首都高速道路四号線建設事業の執行に支障を生じるに至るまでという不確定期限ないし解除条件が付されていたことは明白であって、原告は、その内容を了知のうえ占用許可を受けていた。
以上のとおり、本件使用権は、前記のごとき不確定期限の到来ないし解除条件の成就により消滅したものである。従って、本件使用権は許可期間の途中における取消により消滅したのとは異り、あたかも、期間の定めのない借家関係が貸主の正当事由に基づく解約の申入れにより終了し、あるいは建物所有を目的とする借地関係が貸主の正当事由に基づく契約更新拒絶によって終了するのと同様に解すべきであって、使用許可をした側の公益的立場が保護されるべきであるから、本件使用権の更新拒絶は、原告において当然に受認すべき制限の範囲内に属するものであって、損失補償をすべきものではない。
(三) 仮りに本件の場合占用許可が取消された場合に当るとしても、本件使用権自体は補償の対象とはならない。
本件使用権は、その内容が道路関係法令や占用許可書の許可条件により決定されており、それによると、本件使用権の目的は、映画館営業のための工作物設置と限定され、占用期間は公益上の必要(一般的には道路法七一条二項各号の事由、具体的には首都高速道路四号線建設事業のための必要)が生じた場合には何時でも消滅させられるという極めて不安定な権利であるとともに、譲渡性も認められないから、一般の取引の対象となることもない権利である。また、本件使用権は、特定人に対し例外的恩恵的に設定付与された権利であるから、仮りに占用使用権が取消されても本来享有する権利が剥奪され、特にその者に犠牲を強いるのとは異り、使用権設定前の旧来の状態に戻るに過ぎないのである。
右のごとく、本件使用権の特殊性から、この権利は公益上の必要性が発生した場合は何時でも消滅させられるという内在的制約を有しており、この内在的制約が顕在化して右権利を喪失することがあったとしても、そのために被る原告の犠牲は、受認の限度を超えていないものというべきであるから、特別の犠牲に当らない。従って、被告は、原告に対し、本件使用権喪失自体に対する損失補償をする義務はない。
(四) 仮りに、使用権の喪失自体が補償の対象となりうるとしても、原告主張の補償額は極めて高額でありその請求は理由がない。
すなわち、本件土地の占用料は、最終期間の昭和四四年当時においてすら、一平方メートル当り月額四五円余りに過ぎず、この金額は原告主張の本件土地の評価額等を基礎としていわゆる積算式評価法により算定した適正賃料九五〇円に比しても極めて低額であるから被告が原告から受領した使用料総額の数一〇倍にも相当する金一四〇、〇〇〇、〇〇〇円余の補償を請求するのは、結局、都民の負担にかかる税金から支出することを要求することに外ならないから、かかる請求は著しく不当である。
第三証拠≪省略≫
理由
一 請求原因(一)、(三)の事実及び四の3の事実は当事者間に争いがない。
二 同(二)の事実中、訴外青木角蔵が昭和二九年六月二三日本件土地につき映画館建築確認を得たことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、
(一) 右建築確認がなされたのは、訴外青木角蔵が道路である鍛治橋下の本件土地につき、最初に、占用許可を受けた昭和二五年三月一四日から約四ヶ年経過後であったため、その間数十回に及ぶ設計変更による設計費、残土取除工事費、諸雑費、人件費等当初の予算を超過する費用を要することになったこと、そして、右建築確認後も被告建設局から一旦工事中止命令が出されたり、設計変更を命ぜられたりしたため、工事が遅延し、漸く昭和三三年一〇月本件鉄筋コンクリート建の映画館の建築工事が竣工し、館名を「カジバシ座」と命名のうえ営業を開始するに至ったのであるが、右工事は青木個人の資力では賄い切れぬため、中途より青木を代表者とする原告会社が引継いで行ったものであること、
(二) 青木角蔵が当初得た占用許可は期間を一〇年とするものであったが、その後道路法(昭和二七年法律第一八〇号)の施行により同法施行令九条において道路の占用期間は最長三年、更新の場合も三年以内とされたのに伴い、同令付則三項によって右当初の占用期間の短縮措置がとられたため、以来前記のように引続いての占用許可が繰返えされたのであり、昭和四〇年以降は青木角蔵が従来有していた本件土地の使用関係を原告が承継することを特に認められて、原告が占用許可を受けることになったものであること、
(三) ところで、昭和三五年八月二五日なされた占用許可にはその定めた昭和三六年三月一三日迄という期間内に道路、高速道路及び駐車場等の設置計画のための設置工事に支障が生じた場合には、すみやかに施設物を撤去し、原状に復旧する旨の条件が付されたこと、更に、昭和三八年三月一四日の占用許可においては、占用期間を同三九年三月三一日までとするとともに、右占用期間内においても、道路の管理上又は高速道路等の公共事業に支障となる場合には、占用者の負担で撤去し、道路を原状に回復するとの条件が付され、また、昭和四二年四月一日の占用許可では、占用期間を同四二年四月一日から同四三年三月三一日迄とし、右占用期間内においても道路管理上又は首都高速道路四号線事業に支障となる場合には直ちに原状回復するとの条件が付され、昭和四四年三月三一日の占用許可には占用期間を昭和四三年四月一日から同四四年六月三〇日までとし、昭和四二年四月一日許可と同一条件が付され、昭和四四年一〇月一四日には、占用期間を同年七月一日から同年一一月三〇日迄とし、首都高速道路第四号線築造工事に支障とならぬように現に設置されている施設及び物件を除去すること、除去するについては首都高速道路公団(以下単に公団という)に連絡のうえ実施することとの条件付の許可がなされたこと、
(四) 首都高速道路第四号線は、昭和三四年に第一次の事業決定がなされ、昭和四二年再度その事業決定がなされたもので、それによれば、本件土地は右高速道路第四号線築造工事の対象地で、本件建築物を除去することが必要であったため、被告都は本件土地に対する占用許可に当り昭和三五年八月二五日の占用許可以来前記のような条件を付したのであって、公団の工事工程が昭和四五年三月末完成となっているところから、被告都は右工事に支障を来さないぎりぎりの期限とする旨示して昭和四四年一一月三〇日を最終的期限として定めたものであること、一方公団は右期限の暫く以前から原告との間で補償問題を協議したこと、
(五) 原告と公団との間の補償の協議は、原告が要求する本件土地使用権喪失に対する補償を公団が認めないため、なかなか合意に達せず、公団の事業遂行に支障を来す虞が大となったので、昭和四五年一月二七日被告都建設局長から原告に対し、本件土地の占用使用は昭和四四年一一月三〇日限り期間が満了したので、昭和四四年一〇月一四日付許可条件に従い本件建築物等を撤去すべき旨の通知がなされたこと、そして同年二月一四日、原告と公団との間で、道路占用権の補償の要否は裁判所の確定判決に従うこととして、その他の本件建築物撤去に伴う一切の損失補償について請求原因(四)3の合意が成立したこと、
以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。
以上認定のごとく、本件道路の占用許可は、当初、映画館又はガレージ建設を目的とし、期間も一〇年と定められていたが、その後新道路法施行により、期間が短縮され、以来継続的な占用許可が繰り返えされて、最長の期間が三年、最少の期間は五ヶ月という範囲で更新がなされたのであるが、当初の占有許可が、その使用の目的を地下における建築物(映画館又はガレージ)の建設としてなされ、かつその後鉄筋コンクリート造りの本件建物建築について建築確認がなされているのに徴すれば、当初の占用許可はその定める一〇年の期間満了により本件使用権が当然に消滅する趣旨でなされたものではなく、期間の更新を予定して行われたと解すべきである。このように期間の更新が予定されている道路占用許可について、最終的に期間を定め、その期間経過後には右占用権が消滅する旨の更新許可がなされた場合は、期間更新に対する拒絶を意味するものと解するのが相当であり、斯かる場合の更新拒絶は、期間の定めがない場合における許可の取消とその実質において異らないものと解すべきところ、被告は、昭和四四年一〇月一四日原告に対し、占用期間を最終的に同年一一月三〇日迄とする許可をなしたのであるから、この時点において右期間満了後は期間の更新を拒絶する旨の意思表示をしたと解されるから、本件土地の使用関係は、昭和四四年一一月三〇日の期間満了によって終了したものではあるが、その実質においては期間の定めがない場合における許可取消と同視すべきである。この判断と異なる原、被告双方の主張は採用できない。
三 そこで本件の場合使用権の喪失自体が損失補償の対象となるか否かにつき判断する。
思うに、道路占用許可のごとき公物使用の特許による使用権は、公益の必要が生じた場合は何時でも一方的に行政主体において消滅させ得るという内在的制約があるものであり、その取消は、行政の所謂設権処分により特別に与えられた利益を剥奪して一般人並に扱うに過ぎないのであって、営業許可の公益上の理由による取消や、土地収用のごとく元来私人の享有する権利自由を剥奪し、特にその者に特別の犠牲を負わせるのとはその利益状況を異にする。そうはいっても、実際に許可が取消されて原状回復を命ぜられた場合には、公物使用者側に偶発的な損失を生ずることは避け難いのであって、これをその者だけに負担させるのは社会通念上の受忍義務の範囲を超える場合があるので、憲法二九条三項の趣旨からしても、これが補償をなすことを要するものと解すべきである。しかし、右の補償の範囲については、被許可者に通常生ずべき損害に限るとするのが、前述の如き行政財産使用許可取消の性質に合致するといえる。道路法七二条の規定も右の如き趣旨から規定されたと解すべきものである(本件の場合は道路管理者以外の者の道路に関する工事を理由とするから、右道路法七一条二項三号の場合に当るものとして扱うべきである)。そして右通常生ずべき損害とは、本件のごとく使用権に基づき映画館営業を行っている場合には、右使用権の内在的制約から、最大限、建物撤去、移転先の調査に要した費用、営業中止により被った損失、右使用権行使の為に投下した資本の回収未了等の如き損失をいうものと解するのが相当である。本件使用権自体は、もともと一般取引市場で成立する適正な対価を支払わず、いわば恩恵的に付与されたものであること、公益上の理由があればいつでも剥奪されうる内在的制約を伴うこと、また転貸譲渡も禁止され、使用目的も限定されていることから一般の借地権の如く半永久的な利用権化しているのとは異ること、許可を取り消された場合、右権利自体は当然に消滅するのであって、これが「特別の犠牲」に当るというべきか疑問であること、本件使用権の経済的側面としての本件土地の使用料についても、被告の計算法に基づくと、昭和四四年一一月当時一ヶ月一平方メートル当り四五円余に過ぎず、一般市場で成立する賃料と比較しても著しく低廉であること等からすれば、右の通常生ずべき損害の対象とならぬと解するのが相当である。
従って、本件使用権自体の損失補償を求める原告の主張は失当である。
四 よって、原告のその余の主張を判断するまでもなく、原告の本訴請求は全て失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中永司 裁判官 栗栖康年 裁判官堀口武彦は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 田中永司)
<以下省略>